【カタル】カタル封鎖とGCC銀行部門への影響(1/4)
はじめに
カタル国営通信(Qatar News Agency;QNA)が2017年5月下旬に行った、カタル・タミーム首長の発言に関する「フェイクニュース」報道を直接的なきっかけとして、サウジアラビア・アラブ首長国連邦(以下UAE)・バハレーン・エジプトなどのアラブ諸国は、相次いでカタルとの外交関係断絶や格下げを発表すると同時に、カタルとの国境を封鎖しヒト・モノ・カネの移動の制限を行った。当初、サウジアラビア側は、これらの措置について「テロと過激主義の危険から国家の安全を守るため」と説明したが、カタル側は「事実の裏付けがなく」、「正当化できない」として反発した。
ドーハ市内の「栄光あるタミーム(تميم المجد)」首長の肖像(2017年10月 筆者撮影)
カタル封鎖の原因となった事実関係(注1)については、依然としてすべてが明らかになっていないものの、実情として対カタル包囲網は構築されてしまっている(注2)。ヒトの移動については6月5日のアラブ4か国(カルテット諸国)による断交宣言の際にカタル外交団を国外追放したほか、サウジアラビアは、カタルにとって陸上唯一の国境(ブーサムラ)を封鎖した。また、カルテット諸国とドーハを結ぶ空路の直行便もすべて停止された。物資の空路および陸路移動もヒトの移動と同時に制限され、サウジアラビア・UAE・バハレーンでは、カタル船籍の船の寄港を禁止したため、カタルの商品貿易にも大きな障害となった。加えて、カタル銀行は、カルテット諸国の銀行システムにアクセスすることを停止され、信用与信枠もキャンセルされた。
当初、カタルに対する経済制裁は、短期的に解決されるとの予測もあったが、2018年2月現在でも解決への進展はほぼ見られていない。封鎖直後には、カタルが物資の調達先をトルコ、イラン、モロッコなどに多様化し、利用できなくなったUAEの港を回避するためにオマーンのソハール港に販路をシフトするなど柔軟な対応を見せたため、カタル経済に与える影響は小規模なものであるとの見方もあった(2017年6月15日付、The Economist )。
しかしながら、6月23日にカルテット諸国から提出された13項目の対カタル要求に対しても、カタル側は交渉を試みたものの解決には至らなかった。カタルは、世界貿易機関(WTO)などに対してもサウジアラビア・UAE・バハレーンによる交通・通商経路遮断を訴えるなど外国努力を続ける一方で、天然ガスの開発・生産を促進するなどして包囲網に対応しようと国内外両面で対応を重ねてきた。12月5日には、クウェートでGCC諸国首脳会議が開催されたが、議長国クウェートのサバーハ首長以外に出席した首脳はカタルのタミーム首長のみでGCC諸国首脳が一堂に会することもなく、断交問題について進展もなかった。
封鎖の長期化は、カタル経済のみならず関係国経済にも大きな影響を与えつつある。カタルの貿易はカルテット諸国による封鎖命令後1ヶ月で40%低下し、周辺国への貿易依存の経済の脆弱性を露呈した。たとえば、カタルの建設資材の約70%がサウジアラビアとUAE経由で搬入されており、封鎖以後、カタルは代替となる貿易路を開拓するために追加的な輸送コストを支払う必要があった。食糧価格についても7月には前年比4.5%上昇した。観光部門にも大きな影響があり、6月の来訪者数は前年同月比で40%減少し、GCCからの訪問者の数は70%以上減少した(2017年9月13日付、Financial Times )。
本稿では、カタル封鎖がカタル経済とくに銀行部門に与えた影響について分析を試みたい。封鎖前後の銀行の四半期・月次財務データを用いて、カタル銀行市場の構造が他のGCC諸国市場と比較してどのように変化したかを検証する。カタル封鎖は、GCC諸国の貿易構造に大きな変化を与えた。特に、カタルにとってUAEはGCC諸国における最大の貿易相手国であった(注3)。封鎖によってGCC諸国最大の貿易販路を失ったカタルと、その相手国UAE、そしてUAEへの販路の代替販路になりつつあるオマーンの3か国について比較を行いたい。また、3か国の銀行部門に分析の焦点を当てるのは、国内銀行の預金や貸出の動向が、国内消費者の消費需要や産業の資金需要を反映するからである。
以下、第1節では、封鎖以後、カタルの銀行市場がどのような影響を受け、それに対してカタル中央銀行などの金融当局が、どのような対応を行ったかについて整理する。第2節では、カタル・UAE・オマーンの商業銀行の四半期データを用いて、封鎖とその後の金融当局の対応の影響について分析を行う。最後に、本稿の結論をまとめ、カタル銀行業が今後直面する経営課題について述べる。
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